見積もりとは設計である

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ざっくりでいいから見積もってよ、と言われることがある。ざっくりと、つまり誤差があってもいいから費用を提示してくれということである。誤差を許容するから、なる早で見積もってくれという。

ところが、その、誤差があってもいいと言われた見積もりは、後から高くなることは許されない。ざっくりとはいえ一度提示している金額だから、安くなるならいいけど高くなるのはちょっと…という。

だからといって見積もりが高くなるのは好まれない。誤差を高い方にふっておけば後から安くもできるからいいではないか、思わなくもないが、ざっくり見積とはいえ高すぎる見積だと商談自体が無くなりかねない。

となると「ざっくりと見積って」も、ただ「見積もって」というのもあまり変わらない。何が違うのか。

それは前提条件だと思う。前提条件は設計行為を通じてやっと明らかにすることができる。

見積もる際「きっとこういう機能が必要になるに違いない。となるとこんなインターフェースが必要で、これくらいデータ量を扱うことになるだろう。となれば作るのにこれくらいの工数がかかるだろう。」というような事を考える。このときの想定した機能やインターフェースのイメージが前提条件となる。

ざっくりと見積もるというのは、顧客の話を満足に聞かないうちから見積もることでもある。顧客の話を十分に聞いていない状態で、想像力をフルに発揮して機能やインターフェースのイメージを造り上げる。そのようにして造り上げたイメージで見積もるのである。そしてこれらが見積の前提条件となる。

ここで「ざっくりと」という言葉がもつ意味は、「要件は不確かだけどいい感じに想定して」ということである。決して「適当に」とか「エイやで」とかいうことではないのである。

ざっくりと見積もるというとものすごく簡単に見積もっていいように聞こえるかもしれないが、実際のところは大変しんどい行為である。これまでの経験とイマジネーションをフルに発揮しなければならないのだから、下手をすると顧客要件が明確になっている状態で見積もるよりもしんどいかもしれない。

見積もりを依頼するほうも、受けるほうも軽々しく「ざっくりと」等という言葉を使ってはいけないのである。見積もりにざっくりはない。あるのは経験とイマジネーション(勘)から生み出される設計とその設計に基づいた緻密な計算である。

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カテゴリーIT