アジャイルによるソフトウェア要求の探索についての雑感

このエントリーをはてなブックマークに追加
Facebook にシェア
Pocket
LINEで送る

働く上での目線の違いを表す逸話として、レンガ積みの職人の話があります。1人は「レンガを積んでいる」といい、1人は「壁を作っている」といい、1人は「大聖堂を造っている」といいます。

「いわれたことしかしない」というような指摘は、「あいつは何も考えずにレンガを積むだけで、壁を、ましてや大聖堂をつくっているという意識がない」というのと似たようなものだと思います。

まぁ…わからないではありませんが、これって、経営に行き詰まりつつある経営者が「これからは社員全員、経営者の目線でものごとを考えてほしい」などと言いだすのに似ていますが、本当に全員が100%経営者目線で考えだしたら組織は成りたたないでしょう。全員が同じように同じことを考えるのはやはり非効率な感じがします。

システム開発についてたような事を思いました。

システム開関連本の多くは「どのようにつくるのか?(How)」を中心テーマとしていますが、実際にシステム開発業務に携わっていると、その前に「なぜつくるのか?(Why)」「何をつくるのか?(What)」を強く問われる(あるいは問う)フェーズがあります。

どんなにうまくつくっても、WhyとWhatが的はずれだと、結局は無駄なシステムとなってしまうからです(もちろんその逆でも同じことですが)。

オブジェクト指向+アジャイル開発なんてのは、つくりかた(How)をテーマとしつつも、実はそのつくりかたを実践すること自体がWhyとWhatを探索する方法でもあるんだなと思いました。

WhyとWhatを探索する方法はオブジェクト指向+アジャイル開発だけではありませんし、寧ろ、オブジェクト指向+アジャイル開発だけでは不十分だと思います。しかし同時に、かなり強力な探索方法だとも思います。

そういう意味で、従来型のシステム開発にどっぷり染まっている組織において「オブジェクト指向+アジャイル開発に梶を切る」というアプローチをとっても「あれができないこれが足りない」といってやれ(ら)ない理由が噴出するだけで、実はあまり筋がよろしくないのかもしれません。

そうではなく「オブジェクト指向+アジャイル開発という方法論を(一部)利用する」というアプローチがいいのかもしれません。これは何もソースコードのリファクタリングという局面に限らず、システム構想やシステム企画などの局面を含む話しです。…と、いうわけで、思いつくまま勝手気ままに書き殴りましたが、機を見てこのようなやり方を試してみたいと思います。

おまけ

正直なところ「オブジェクト指向」ってよくわからなかったのですが、私のような非エンジニアにもなんとなくわかった気にさせてくれた本がこちら。オブジェクト指ってよくわからんなーという方には一読する事をおすすめします。

このエントリーをはてなブックマークに追加
Facebook にシェア
Pocket
LINEで送る

カテゴリーIT