見積とKKD(経験と勘と度胸)

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システム構築費用の見積なんて所詮は勘に過ぎません。「見積根拠」なる言葉がありますが、その中身はといえば「A機能の開発に10かかり、B機能の開発に15かかるから、見積は合計で25です」といった具合です。

「ではA機能の開発に10かかるというその根拠は?」と問うと「A機能はA1とA2およびA3という機能から構成されており、一つの機能に3~4はかかる見込み。なので合計して9~12。機能間に類似している箇所もあるのでうまく作って10ってところかな」みたいなやりとりが繰り広げられます。

「ひとつの機能に3~4かかる根拠は?」「過去に似たような機能開発をした経験があるから」「ひとつの機能について更に分解すると参照画面がいくつで云々」というようなやりとりになります。

繰り返し生産可能な物理的なモノであれば、(過去に生産した実績とその時のデータがあれば)「勘」を根拠としない「製造原価」の見積りもできます。しかし「開発原価」の見積もりはそうはいきません。そもそも、過去に作った実績があるのであれば、それは「開発」とは言えません。

情報システム開発とは、その名の通り最初から最後まで「開発」であって、「製造」要素はほとんどありません。あるとすればビルドするという行為が製造に当たります。

そんなわけで、開発原価の見積りはどこまでいっても「勘」にすぎません。その「勘」は「経験」から生み出されます。経験がなければ勘は働きません。その経験をより精緻に活かそうとして機能ごとに分解するなどして見積りを行います。この「分解して見積もる」という行為は、システム開発費用の見積もりに限らず、皆さん普段からやっている事です。

例えば、A地点からX地点までの移動時間を見積もる場合に、ストレートに「A地点→X地点の移動時間」と見積もるよりも、「A地点→B駅」「B駅→C駅」「C駅→X地点」という具合に分解した方が確からしさが増す感じがします。(分解しすぎると逆効果ですが、どの程度分解すべきか?は結局「経験」に基づく「勘」に依ります。どこまでいっても経験と勘です。)

確たる根拠はなく経験と勘で“はじいた”見積であっても、提示したが最後、その見積もりに責任を持たなければなりません。

最後に「この見積もりでいく!」と決めるには「度胸」が必要です。見積もりは「この仕事はこの金額でやってみせます!」という宣言でもあります。

逆に言えば、このような宣言性のない見積もりは見積もりとは言えません。ただの費用試算です。

世の中には様々な見積もり手法がありますが、それらはあくまでも「経験と勘と度胸」をどのように機能させるか?というアプローチの選択の問題です。見積もりは結局「経験と勘と度胸」なのです。その辺りを理解せず、「根拠がない!そんなのただの勘じゃないか!」と声高に叫ぶのは止めたいものです。

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カテゴリーIT