「必勝の信念」だけで働く人々

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約30年前に発刊された「失敗の本質」という本があります。有名な本ですのでご存じの方も多いと思います。数年ぶりに読み返してみましたが、一番強く思った事は同じでした。

それは「日本的組織(*1)の原型は当時から既にあったのだな」というものです。

*1 「日本的組織」と書きましたが、「じゃあ他国はどうなんだ、違うのか?」と問われるとそれはよくわかりません。従いまして「日本的」というのは、ややレッテル貼りであるというきらいはあるかもしれません。

その「日本的組織」の特徴を一言で表すなら、

『論理より情緒』

でしょうか。

「空気を読む」という言葉がありますが、これも同じことだと思います。

*****

よく、日本人は「ディベートが下手」だと言われます。ディベートに関する基礎的な知識や基本的な訓練が不足しているということもあろうかと思いますが、ここにも『論理より情緒』を重視するという日本的な特徴が関わっているように思います。

尚、この「ディベートが下手である」ということと関係があるかどうかはわかりませんが、「英語は論理的な言語であり、日本語は論理的な言語ではない」という事もよく耳にします。

しかしこれは誤った認識で、ただ単に論理的な思考ができてないだけ、あるいは論理的なアウトプット(記述や口述)ができていないだけです。

この点について関心がある方には、次の2冊をおススメします。

*****

太平洋戦争下の旧日本軍では、『論理より情緒』を重んじる「空気」が充満していたといいます。

特に有名な事例として「インパール作戦」があります。牟田口軍司令官とその上官である河辺方面軍司令官とのやりとりなど、まさに『論理より情緒』が表面化した事例といえるでしょう。

関係者のほとんどが「インパール作戦」に反対する中、河辺方面軍司令官は「かねてより牟田口が熱意を持って推進してきた作戦なのでぜひやらせてやりたい」と言い、結局、作戦は決行されています。

また、誰の目にもインパール作戦の失敗が明らかになった時ですらも、河辺方面軍司令官は牟田口軍司令官の心情に配慮?して、明確に作戦中止を命じません。牟田口軍司令官のほうも中止という言葉を口にしません。後日「言葉ではなく、私の顔を見て真意を察して欲しかった」と語ったそうです。

(で、実際に作戦中止するまでに更に2か月の時間を要したそうです。その間、日本兵は飢えと病気で多数の死者をだしています・・・)

また、作戦を中止するとしても、そこからうまく撤退しなければならないわけですが、撤退を想定した作戦(コンティンジェンシープラン)を立案するのは「必勝の信念と矛盾する」として、一切、何の策も立てなかったようです。

現代の企業においても、悲観的なケースを想定して検討しようものなら「そんな消極的な事でどうする!やるしかないんだよ!」と叱責される場合があります。いや、ほんとに。

この他にも、例えばレイテ海戦前の机上演習(シミュレーション)では、軍艦の沈没は免れないのに「(作戦開始前にシミュレーション上とはいえ敗北するのは)士気に関わるから」といって、「今の攻撃はダメージを通常の3分の1とする。」などと言っていたようです。もうめちゃくちゃですね。シミュレーションする意味が全くありません。

私が小学生の頃の話ですが、運動会の綱引きで赤組が勝ったにも関わらず、「白組のほうが頑張っていたから…白組の勝ち!」という謎ジャッジがなされたことがあります。子供ながらに呆れてしまいました。

このようなめちゃくちゃなジャッジをした個人(教師!)にも問題はありますが、それを許容する組織にも問題があります。

*****

本書「失敗の本質」では、最終章で「失敗の教訓」として今後に向けた課題が提示されていますが、あくまでも「なぜ失敗したのか」にフォーカスされており、「では、今後どうすべきか?」についての(示唆はあるものの)答えは示されていません。

そういう意味ではすぐに役に立つ本などではありませんが、ひとつだけ即効性のある効果があります。それは、本書を読めば「理不尽な組織に悩まされる人々にとって一種の慰めになる、溜飲が下がる」という効果です。

実はこの効果こそが、本書をベストセラーたらしめている本当の理由ではないか・・・と密かに思うのでした。

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